ヒトは、頑張りっぱなしってのはできません。理想的なのは80%くらい力を継続することだと思います。
最近、うつ病等の精神疾患にかかるヒトが急増しています。ヒトも車と同じで、ずっと全力っていうのは寿命を縮めます。スペックが時速300キロある車でも時速300キロずっと走り続けたらすぐにエンジンやあちこちがダメになりますし、燃費も悪いです。一番いい巡航速度みたいなもので走り続けるのが、負荷もかからずメンテナンス費用もかからないし、一番燃費がいいのです。
これはヒトにも言えると思います。人生は長いマラソンみたいなものです。その目的はわき目も振らず最大速度で駆け抜けることではなく、寄り道しながらでも、できるだけ長く遠くまで走ることだと思います。
そのためには80%の力を超えてしまってはならないと思います。どこかに故障がでてくるからです。残りの20%を出すためには、全精力を使い切らなければなりません。
『80%の力を出すには20%の努力でいい、残りの20%を埋めるには80%の努力をしなければならない』
私は努力はほとんどの場合報われないと思います。報われると思ってはならないと思います。報われなくとも継続すること、継続できることを探さなければならないと思うのです。
この継続された結果は何年後に花開くかは分かりません。しかし、継続することで遠くまで走れることにはかわりありません。遠くまで走った結果、誰もついてこれないようなところまでいけたとき、それは評価されるのです。
いずれにせよ『遠くまで』走った方がいいと思います。一時的な感情や環境に振り回されて壊れてしまうリスクは自分以外、誰も補完してくれません。
報われない努力でも続られる80%理論で、『遠くまで』いってみませんか。
参考文献
・報われる努力 無駄になる努力―自分の限界を打ち破る19の指針
関連記事
・http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20090403/1238757230
・http://d.hatena.ne.jp/usukeimada/20090404/1238852424
・http://d.hatena.ne.jp/kamayan1980/20090405/1238898095


人はサインカーブを繰り返し(本能または自分時計等的)「自己満足」するのは自意識的には幸福が多いと思います
線の上端と下端で「評価」されがちですけどね・・・
「やりがい」を感じさせながら「コントロール」するのが「仕組み」でありひいては「哲学」に通じることではないでしょうか
しかし本稿のようなテーマは 民衆賢化・生存エネルギー有効性確保を目的とした場合大切なことだと思います したがって努力は価値高きものだが「見返りを望まない努力はさらに精神文化的価値が高くBeautiful」プライド持てよ!
ってトコでしょうか?
「現実」「実社会」が厳然とありますからそれに即した理論を段階的に流布する難しさがあると思います
インテンショナルには限界があるのでやはり「神の見えざる手」による
ハハハ 「スーパースター」の出現が望まれるかなー
またよろしくお願いします
継続して努力する〜
今の私にぴったりの言葉で、偶然この記事の日に訪問して良かったな。
いいこと聞きました。ありがとう(*^_^*)
報われない努力。ちょっと悲しいかな・・・。努力しても報われない、ただ少しでも報われる可能性があるならまた努力する。
私の場合、報われなくても「ま、いいか!」と楽観的なのがたまに傷・・・。
報われない努力って、報われる事を目的とすることですよね。
私の場合、マラソンなら完走することを目的として走ります。
その結果一位になるかもしれないし、ビリかもしれない。
とにかく走らなければ始まらない。
完走するためには、ペースを組んでいかないといけない。
100メートル走のスピードでは、1キロ持たないでしょう。
確かにペースを組む必要はありますね。
でも、むずかしいですね。(^^:)
また、お邪魔します。
宜しくお願いします。<(__)>
毎日、読み書き算盤をするから普通の生活が出来る。これが継続というものです。わからなければ調べたり聞いたりするのを努力という。ある程度の成果はある。
基礎から応用?更に発展して、、(いい方に発展して欲しい)。
すべての物が、平和利用、そして、環境にやさしくあれですよね。
そう願ってます。
でもね、広い目で見てみると、大抵の努力なんて報われないもの。むしろ、報われる努力って少ないものですよね。
「報われる努力とは、数多くの報われない努力を積み重ねる努力のことである。」
まあ、これは私の信条なんですが・・・。(^_^;)
それに、あんまり簡単に報われちゃ、世の中面白くなってモンですよ。
道は険しいからこそ歩く価値がある。
地道にコツコツやっていきましょ!
(^_^)v